AISATSU
“You can never cross the ocean until you have the courage to lose sight of the shore. –Christopher Columbus
岸が見えなくなることを受け入れる勇気がなければ、海をわたることは決してできない。ークリストファー・コロンブス
【「遠い存在」だった英語】
数十年前の日本は、今のようにスマートフォンで英語の動画を見たり、来日する外国人と会話したりすることはできませんでした。もちろん、グーグル翻訳、ChatGPT などもありません。英語は、遠い存在だったのです。中学生の頃、ある日、校内に外国人が迷い込んで、生徒たちがざわつきました。私は急いで職員室に英語の先生を呼びに行きました。しかし、その先生は驚いてその場から居なくなってしまいました。私たちにとって「外国人」はまるで“赤鬼”のようで、英語はまったく聞き取れず、パニックでした。
【カセットテープが開いた未知の世界への扉】
高校で、ある出会いがありました。英語の先生が、何本かのリンガフォン(英語教材)のカセットテープを手渡してくれたのです。「これを、何度も聞きなさい」と言って。その日から、テープが擦り切れるまで聴き込みました。ネイティヴスピーカーの発音、リズム、イントネーション――どれもが新鮮で、夢中になりました。目を閉じてテープを聴いていると、アメリカでの生活が浮かんできます。ホストファミリーはどんな人たちだろうか? 友だちはできるだろうか?はたして英語の授業はついていけるだろうか?――不安と期待が入り混じり、私の想像力は羽を広げ、アメリカという未知の世界へと飛び立とうとしていました。
【手紙の中での出会い】
英語を学ぶ情熱も尽きることはありませんでした。アメリカに行く前から、イギリス人のペンフレンドと文通をしていた私は、覚えたての “wanna” や “gonna” を、得意げに使ってみたのです。すると、写真でしか見たことのなかった彼女から、「それらは英語ではなくアメリカ英語だから、“want to” や “going to” と書くべきです」と、クイーンズイングリッシュで丁寧な返事が返ってきました。Englishes(複数)にぶつかった瞬間でした。
【-20℃のミシガンで・・・】
私が英語と直接向き合ったのは、17歳のときでした。YFU交換留学生として、アメリカに一年間留学する機会を得、この一年間は、私の人生を大きく変えました。ホームステイしていたミシガン州の家庭で、ホストファザーは灯油の販売をしていました。灯油の注文が入ると私は、彼と一緒にタンクローリーに乗って、真冬の-20℃のなか、配達に出かけました。ある晩、一本の電話が鳴りました。電話の主は高齢の一人暮らしの女性で、「朝までには灯油が尽きてしまう」と。ホストマザーは「この人、今までの支払いがないのよ」と心配しました。しかし、ホストファザーは、眠い目をこすりながらも、出かける準備を始めました。私は聞きました。「なぜ、お金を払っていない人のところに配達するのか?」と。彼は、穏やかに、誇り高く言ったのです。 「I am a Democrat.」――「私は民主党支持者だからさ」それは、政治的立場の表明というより、弱い立場の人を見捨てないという「生き方」の表現でした。私は、深く心を打たれました。英語は単なる言語ではなく、その人の価値観や生きる姿勢そのものを伝える“言葉”なのだと。
【自分を知る】
その後、留学を支えてくれた日本の恩師や友人たち、アメリカで出会ったクラスメイト、ホストファミリーとの出会いは、今でも私の原点です。英語を学ぶとは、世界を知ることであり、自分を知ることでもある。私は、そう信じています。
【今の生徒たち・・・】
MEで学ぶ生徒たちを見ていると、当時の私よりも高いレベルで英語に向き合っています。たとえば私は、留学前、「~を楽しみにする」という慣用表現の “look forward to” を知らず、「~を見る」という意味にとらえまた。 “to” が前置詞であり、後ろに動名詞がくることを知りませんでした。今のMEの中高生たちは――いや、小学生でさえ――そのイディオムを理解し、構造を捉え、口頭で英作し、自在に使いこなしています。
【英語を話せる力を】
「英語を話す日本人には二つのタイプがある」と聞きました。一つは、自信を持てず、萎縮してしまうタイプ。もう一つは、逆に英語をひけらかすタイプ。しかし、ME生はそのどちらにもなりません。ME生は、日本語に訳した英文は、日本語訳を見たら英語で言えて、書けます。ME生は自然体で、肩肘を張らずに、堂々と、自分の言葉で、日本語はもとより、英語で相手と心を通わせます。私たちは、そのような言語能力―コミュニケーション力を育ててきました。
【夢を叶える卒業生たち】
MEを巣立った卒業生たちは、英語を使ってそれぞれの夢を実現し、社会の中で確かな足跡を残しています。外交、研究、国際協力、教育、医療など、分野はさまざまですが、共通するのは「英語を使いこなし、言葉を通じて人とつながる力」を持っていることです。MEで過ごした彼ら・彼女たちの言葉に、表情に、そして生き方にこれらが、どう息づいているのか、きっと感じ取っていただけると思います。(上記実践は、ホームページから、武井亜樹さんや岡安弥生さんの動画をご覧ください。また、ME卒業生たちの合格体験記もあわせてお読みください)
【「生きた英語」
を、すべての生徒に】私たちME外語学院は、英語を武器として、志望高校・志望大学への合格という目標を、確実に実現できる力を養うことを何よりも大切にしています。それに加えて、私たちが目指しているのは、試験に合格するためだけの英語ではなく、その先にある“世界とつながる英語”――自分の考えを世界に伝え、さらに広がる人生を切り拓いていく力です。MEで英語を学ぶことは、「合格」のその先へと続く、未来への扉を開くことです。
Burn like fire!
ME外語学院を代表して、七里 栄
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代表 七里 栄:前橋高校3年時にYFU交換留学生として米国ミシガン州ビバトン高校に留学する。ロータリークラブ奨学金給費生としてミズーリ州立大学、大学院にて言語学、方言学を学ぶ。沖電気工業株式会社海外事業部に勤務し、義理人情を知る。「人生は出逢いである」を座右の銘とし、「成績が上がるからこそ英語が好きになる」を信条とする。生まれ変わり、ボクシングの世界チャンプになり、英語を教えるのが将来の夢。
代表講師紹介
岩間 一貴
オーストラリアに1年間滞在後、英国留学し、国立ブリストル大学にて生理学を専攻し、勉学の傍ら英国サウスミード病院にて2年間の業務経験を積み4年後帰国する。実用英検1級・TOEICスコア990点満点中975点を取得する。イギリス人が一言発すれば、その人の出身地を言い当てる特技を持つ。趣味はクラシック音楽鑑賞、aerobics。
佐々木 謙介
水戸第一高校・中央大学法学部を卒業。実用英検1級を取得する。TOEICスコア990点満点を目指し、新ME指導法の確立を希求する。
亀井 ステファニー紀子
前橋女子高校・千葉大学国際言語文化学科を卒業。大学入試センター試験では、英語200点満点を、世界史100点満点を、国語200点満点中198点を獲得する。
柳沢 韻
筑波大学自然学類出身。東京大学大学院で、数学を学び、結び目について研究する。その後、英語を学ぶこと・教えることの面白さに目覚め、ME講師になることを決意する。
久永 直樹
Yedda Gulane